今回は俺独自のマーケティング理論である。買う側の限界と虚無感は俺の過去の記事を読めば分かる。
問題はその打破方法である。
生物である以上、異性を求めるという根本欲求は多分どの個体も大きく変わらない。
ただ、人間社会が発達して資本主義社会になった以上自分を売ったり異性を買ったりするタイプの人間が発生して当然だろう。
売春行為は古代ギリシャ時代からあったのだ。
売春は2タイプの人間の救いになっている。
1つ目は異性と付き合うより買うということで自己承認を得ようとするタイプ。
2つ目は「売春することでしか生計を立てられないタイプ」である。
この2つが金という交換媒体を通して売春関係を構築する。
買う側は金を持っている側なので、売っている方を選ぶことが出来るし、色々注文を付けたり出来るので一見優位に思われるが、意外と違うことに気がついた。
権力構造で真の主導権を握るのは「売る側」の人間だったのである!!
売春とか指名制の風俗といった「射精産業」は売る側が基本的に客を選べないことが多い。
これは仕方のないことだ。
ただ「売る」行為を擬似恋愛のレベルまで昇華させる職業はどうだろう。
「感情労働」のレベルである。
ホストやキャバ嬢と付き合えなかったり体の関係に持っていけなくて辛い思いをしている人は多いんじゃないか。
という点ではホストやキャバ嬢なんかは客側に対して結構優位に立ってないか?
もっと大きな視点で見てみよう。
例えばシステム開発や音楽やファッションなど、買う側は色々注文を付けられるけど、結局成果物を生産する生産者は「売る側」の人間であり、時代をリードしてきたのは「売る側」だったはずだ。
買う側はそれを享受することしか出来ない。
そう、
時代を作るのは「売る側」人間だったのだ!!
「買う側」の限界と虚無感から「売る側」の優位性への転換、これはヒエラルキー(権力構造)の転換を意味する。
ニーチェ的に言えば「パースペクティブの転換」ということになるのだろうか。
要は何が言いたいのかというと、「買う側」に限界と虚無感を感じている人間で「売る側」に立った場合に「売れる可能性」のある人間は自分の能力を「売る」べきだ、ということだ。
そこに限界はないはずだ。
このことに気付いた俺はそう信じている。




Yの会社を潰す手続きをNがYの依頼を受けて行っているらしい。



前の会社(コンサルファーム)の同期の一人と飲みに行った。



